熊本家庭裁判所 昭和45年(家)892号 審判 1971年3月24日
申立人 水原定夫(仮名)
被相続人亡 吉野照代(仮名)昭四四・一・一七亡
主文
被相続人亡吉野照代の相続財産である記号定Gひ〇三五〇〇五額面金二〇万円名宛人吉野照代預入日昭和四三年一〇月九日支払期日昭和四四年四月九日なる定額郵便貯金に関する預金上の権利を申立人に与える。
理由
第一、申立の要旨
申立人は主文同旨の審判を求め、その実情として、申立人は昭和三一年頃から被相続人が死亡するまで身辺の世話をした。被相続人は死亡する前所有していた金員を申立人に渡し後事を託す予定であつたが、その保管方法を確実にするため、主文掲記の定額郵便貯金(以下本件貯金と略称する)をした。申立人は被相続人死亡後、葬式、埋葬などの世話をしたが、同人には相続人がないらしいので、申立人に本件貯金上の権利を与える旨の審判を求めるため申立に及んだというにある。
第二、当裁判所の判断
一、申立人および沢田ミツヨ各審問の結果、当庁調査官平島憲剛の調査報告書の記載、当庁昭和四四年(家)第九一一号相続財産管理人選任申立事件ならびに同昭和四五年(家)第二六九号相続人捜索申立事件各記録を総合すると、次の事実を認めることができる。
(1) 被相続人(明治二八年七月一六日生)は鍼灸師であつたが、患者として治療に来ていたアメリカ帰りの井上正夫と懇意となり同棲し、昭和三二年一〇月二六日婚姻届を了した。上記井上は同年一二月三日熊本○○病院で脊椎カリエスのため死亡した。
(2) 申立人(明治四一年一二月一日生)は同年一一月頃肉腫治療のため上記病院に二一日間入院した際、被相続人が同室に入院していた夫井上の看病のため付き添つていたことから同人と知り合い、申立人と被相続人の父とがもと○○関係の仕事に従事していたというゆかりもあつて、親子のように親密な交際をするようになつた。すなわち
(イ) 被相続人は上記井上の死亡後、身寄りの者が全くなく、孤独な生活を余儀なくされたが、申立人は被相続人死亡に至るまで同人の自宅、病院および老人ホームに三日毎に訪問し、日常生活に助言を与え、相談相手になつてきた。
(ロ) 申立人は被相続人の依頼で福岡の米国領事館に赴き、前記井上の遺族年金受給の手続を行つた。(しかし、婚姻年数が三年に満たなかつたため資格は得られなかつた。)
(ハ) 被相続人は昭和三四年一〇月頃それまで居住していた市内萬田町の自宅を処分して花園町に間借りし、その後三回市内を転居したが、申立人はその都度、転居先の物色、荷物の運搬等の世話をした。
(ニ) 被相続人は民生委員の世話で昭和三八年四月二六日から生活保護法による扶助を受けるようになつたが、昭和四二年一〇月七日左脚関節部化膿、糖尿病等のため○○病院に入院し、翌年五月同病院を退院し、同月二二日から老人福祉法にもとづく措置により肩書老人ホームに収容された。申立人は被相続人の上記入院、入園の手続を行い、その世話をしたが、殊に申立人の被相続人に対する身の廻りの世話に周囲の人達も、できないことをよくやる人だと感服していた。
(3) 本件貯金は、もと被相続人が蓄えた金一〇万円の定額郵便貯金が一〇年の経過により通常郵便貯金化し、申立人に贈与すると言つていたのを、申立人が辞退して被相続人の心の支えにするようにすすめて本件貯金に改めさせたものである。ところが被相続人は昭和四四年一月一四日頃、自己の余命を感知して申立人に本件貯金全額を贈与する意思を表示し、有合せ用紙の裏面に鉛筆で「貯金は皆あげます吉野照代<印>水原定夫殿」と申立人の介助を得てしたため(自筆証書遺言には該当しない)、同書面を本件貯金証書およびこれに使用した印鑑とともに申立人に交付した。
(4) 被相続人はその六日後である同月一七日前記老人ホームで死亡した。葬儀は同施設が主祭したが、申立人は諸費用にという意味で一万円を霊前に供え、別に生前世話になつたホームの人に金三、〇〇〇円を贈つた。申立人は遺骨を引き取つて被相続人が生前から指定していた墓地に埋葬し、以来年二回は墓参をかねて周囲を清掃しており、本件申立が許容された節は故人の切なる願いを汲んで墓碑を建立したいと考えている。
(5) 申立人は当裁判所へ被相続人の相続財産管理人選任の申立をし、当裁判所が昭和四四年一〇月二一日沢田ミツヨをその管理人に選任し同年一一月四日官報に公告した。同管理人は昭和四五年一月二一日相続債権者等への請求申出催告の公告をし、ついで同人の申立により当裁判所が同年四月九日相続権主張催告の公告をして同年一〇月三一日同催告期間が満了したが、相続人等の申出がなく、ここに相続人不存在が確定した。よつて申立人は同年一一月二日本件申立をしたが、上記催告期間満了後三ヵ月を経過した同四六年一月三一日までに他に相続財産分与の請求をした者はいない。
二、以上認定した事実によると、被相続人は推定相続人がなく、晩年親しく交際のあつた申立人を頼りにして唯一の財産である本件貯金を同人に贈与する意思を有していたことが明らかであり、この事実と申立人が被相続人に尽した前示行為とを併せ考えると、申立人を被相続人の特別縁故者と認定するのが相当である。
つぎに、被相続人の相続財産は本件貯金のみであるから、これが分与の対象となりうるかどうかにつき考える。本件貯金は郵便貯金法にもとづくもので同法第二四条によれば、親族又は遺言によつて譲り渡す以外は譲渡を禁止する旨の規定が存する。かかる文言からすれば、民法第九五八条の三にもとづく審判による処分は前記禁止規定に抵触するのではないかという疑問がなくもないが、特別縁故者制度は昭和三七年七月一日民法の一部改正の際、わが国における遺言制度の普及しない現状にかんがみ、その補充的な性格をもつ特別縁故者に、家庭裁判所が相当と認定する場合に相続財産を分与する制度としてて、新たに設けられたものであること、貯金法第一条の精神をふまえて同第二四条(昭和二六年四月改正されたままである)の法意を類推すれば、親族又は遺言によつてする場合に準じ、民法第九五八条の三による分与の審判があつたときも、譲渡を許すものと解すべきである。
よつて、本件貯金をどの程度申立人に分与すべきかは、被相続人が約六年間公的扶助を受けていた関係上、特に一考を要するところであるが、特別縁故者制度の設けられた趣旨および本件貯金が今日の価値観からすれば、そう多額なものではないことを考慮し、その全額を申立人に与えることが相当であると思料する。
そうだとすれば、申立人の本件申立は相当であるから、これを認容することとし、主文のとおり審判する。
(家事審判官 寺沢光子)